積み上げてきたものはなくならない|ぼくがSNSじゃなくSubstackに残していく理由
SNSで発信していると、ときどき、なんだか虚しくなる瞬間があります。
昨日書いた投稿は、もうほとんど見られていない
数日前に書いたことも、タイムラインの奥へ流れていく
反応が少なかった投稿は、まるで最初から存在しなかったように見える
ぼくも、ずっと数字に一喜一憂してきました。伸びた、伸びなかった。フォロワーが増えた、減った。インプレッションが跳ねた、思ったより届かなかった。
その繰り返しの中で、「発信しても、結局は流れていくだけなのかな」と感じる時期がありました。
でも、メルマガを1年4ヶ月続けて、Substackでもメルマガを書くようになって、少し見方が変わったんです。
発信は、消えているわけじゃない。見えにくくなっているだけ。
書いた言葉も、考えた時間も、読者との関係も、ちゃんとどこかに残っています。そして、過去に打った点は、あとから線になる。
この記事では、ぼくが「積み上げてきたものは、なくならない」と考えるようになった理由、これからSubstackに何を残したいかを書きます。
SNSではすべてが流れていくように見える
まず、ぼくがずっと感じていた「虚しさ」の話から。
書いても書いても流れていくだけ
SNSの発信は、とにかく流れます。
今日書いた投稿は、明日にはタイムラインの奥です。1週間前の投稿は、自分でも探さないと見つけられない。時間をかけて書いたのに、数日経つと見えなくなっていく。
この感覚に、ぼくは小さな虚しさを感じていました。「書いても書いても、流れていくだけなのか」と。
数字がその日の気分を決めてしまう
しかも、SNSには数字がついてきます。
いいねの数。インプレッション。フォロワーの増減。その数字を見ていると、心がそのまま上下します。
伸びた日はうれしい。伸びなかった日は落ち込む。「今日の投稿は外したな」と感じると、自分の発信そのものに自信がなくなることも。
ぼくも、ずっとこれを繰り返してきました。数字が、その日の気分を決めてしまう。発信を続けている人なら、この感覚は少しわかってくれるはず。
見えなくなること/消えることは違う?
でも、あるとき考えました。
タイムラインから見えなくなること、本当に消えることは、違うのでは?
投稿は流れていく。でも、書いたという事実は残る。考えた時間も残る。その投稿を読んだ誰かの記憶にも、少しだけ残っているかもしれない。
そう考えるようになってから、発信に対する見方が変わっていきました。
発信は「消費」じゃなく「蓄積」だった
ぼくの考えが変わっていった話を書きます。
本当に残るのは数字じゃない
長く発信を続けてきて、わかってきたことがあります。
本当に残るのは、数字ではないんです。いいねの数も、インプレッションも、その日限りで流れていきます。半年前に伸びた投稿の数字を、読者はほとんど覚えていない。自分でも、細かい数字は覚えていません。
数字は、消費されて終わるものでした。
積み上がるのは「言葉、思考、読者の記憶」
残るのは、もっと地味なものです。
・自分の中に積み上がった言葉。
・何度も考えて、何度も書いてきたテーマ。
・「この人はこういうことを考えている人だ」という、読者の記憶。
数字には出にくいものですが、たしかに積み上がっています。
ぼくはメルマガを1年4ヶ月続けてきました。一通ごとの開封率やクリック率は、見ようと思えば見れますが、細かく覚えていません。
でも、「継続して書いている人だ」と読者に認識してもらえる感覚はあります。何度も読んでくれている人との距離が、近くなっている感覚もある。
1本の投稿でも、バズでも生まれない。淡々と書き続けた時間の中で、少しずつ積み上がるものです。
見えにくいだけで積み上がっている
蓄積は短期だと見えにくい。
1日や1週間では、何も変わっていないように見えます。「今日も書いたけど、何も積み上がってない気がするな」と感じる。
でも、それは見えていないだけ。1年、2年というスパンで振り返ると、確実に積み上がっていることに気づきます。
発信は、消費されて終わるものではありません。発信は、蓄積です。言葉も思考も関係性も、ちゃんと積み上がっています。
点はあとから線になる
蓄積について、もう少し深掘りしてみます。
いまやることの意味は、いまはわからない
いまやっていることの意味は、いまはわからないことが多いです。
今日書いた記事
昨日録った音声
先月つくったコンテンツ
数年前に挑戦して、うまくいかなかった取り組み
その瞬間だけを見ると、ただの点に見えます。「これに意味があるのかな」と思いながら、打っている点です。
苦しい点がいまの線になっている
でも、あとから振り返ると、それらが線になっていることがあります。
ぼくの場合、会社員時代にシステムエンジニアとして働いていました。当時は消耗して、適応障害になり、休職も経験しました。
その時期は、ただつらいだけ。意味があるとは、思えませんでした。
でも、いま発信をしていると、あの経験があったから書けることが、たくさんあります。
会社員として消耗していた頃の気持ちがわかる。働き方に違和感を持つ人の、言葉にならない不安がわかる。一度止まってしまった人が、もう一度動き出す難しさもわかる。
当時は、ただの苦しい点でした。でも、いまは発信の線になっている。
メルマガを1年4ヶ月続けてきたことも同じ。続けている最中は、「これに意味があるのかな」と思う日もありました。
でも、積み重ねがあったから、Substackを始めたときも自然に書けた。
過去に打った点が、いまの線になっていたんです。
点を打たない人には線も生まれない
点を打っている最中は、線になるかどうかわかりません。
最初から「これは将来につながる」と確信できる人は少ない。多くの場合、よくわからないまま、目の前のことを続けているんです。
打った点が、すべて線になるわけじゃありません。
でも、点を打ち続けた人だけが、あとから線を見つけられる。だから、淡々と書き続けることには、意味があるんですよね。
「流れる場所」と「積み上がる場所」の両方を持つ
発信の「種類」について整理しましょう。
「流れるもの」と「積み上がるもの」
発信には、大きく分けて2種類あります。
ひとつは、流れる発信。
X、Instagram、TikTokのように、その場で広く届きやすい発信です。拡散力があって、偶然の出会いも生まれる。でも、寿命は短い。
もうひとつは、積み上がる発信。
ブログ、メルマガ、長めの記事のように、あとから読み返せる発信です。派手さは少ないかもしれない。でも、検索できる。読み返せる。読者との関係を積み上げられる。
これからの発信者には、両方が必要だと思っています。
流れる場所だけだと、アルゴリズムに振り回されます。外部リンクも届きにくくなっている。昨日までうまくいっていた型が、明日には通用しなくなることもある。
一方で、積み上がる場所だけだと、新しい読者との接点が足りないこともあります。
だから、SNSで広く届ける。でも、そこで終わらせない。Substackやメルマガのような場所に、読者との関係と言葉を残していく。
この流れを作るのが大事です。
Substackは両方を持っている
Substackは、流れる発信と積み上がる発信の両方を持っているんです。
「Notes」という、SNSのようなタイムライン機能。これは流れる発信。気軽に投稿できて、Substack内で広く届きます。
そして、「記事」もあります。これは積み上がる発信。あとから読み返せて、検索もできます。
記事はメールで直接届く
さらにSubstack記事は、メールとして読者に直接届きます。
SNSのように、たまたまタイムラインで見かけてるだけじゃありません。
自分の言葉を、自分の読者に、直接届けられる。
発信を、アルゴリズムに預けすぎない。自分の読者と、直接つながる。そのために、ぼくはSubstackを使っています。
整えすぎない言葉を残していく
Substackにどう書いていくか、決めたことがあります。
SNS向けに整えすぎるとこぼれ落ちる
Substackには、SNS向けに整えすぎない言葉を書いていきましょう。SNSでは、どうしても伝わりやすさや、拡散されやすさを意識しがち。
短くする
わかりやすくする
強い言葉にする
もちろん必要なことですが、整えすぎると、こぼれ落ちるものがあります。
迷い。途中経過。まだ言葉になりきっていない違和感。うまくいく前の、試行錯誤。そういうものは、SNSでは出しにくいですよね。
届くのは完成された結論だけじゃない
何を考え、何を試して、どこで失敗しているのか。その過程にこそ、価値があるんじゃないかって、思うんですよね。
ぼく自身は、発信やコミュニティ運営、AI活用、働き方、コンテンツづくりを進行形でいろいろ試しています。うまくいくこともあるし、外すこともある。まだ答えが出ていないテーマもあります。
読み返せる場所に過程ごと残す
Substackには、過程を残していきます。
きれいな成功ノウハウだけじゃなく、途中の思考も含めて置いておく。あとから自分でも読み返せる場所にする。新しく出会った読者が、さかのぼって読める場所にする。
それが、ぼくにとってのSubstackの使い方です。
積み上げてきたものはなくならない
最後に、いちばん伝えたいことを書きます。
点が線になり線が面になる
これまで書いてきたこと。話してきたこと。作ってきたもの。失敗してきたこと。途中でやめたこと。あまり反応がなかった投稿。誰にも見られていないように感じた記事。
そういうものも、全部どこかに残っています。少なくとも、自分の中には残っているはず。
そして、続けていると、その蓄積がある日つながります。
点が線になり、線が面になる。
面になったものが信用になる
面になったものは、やがて信用になります。
「この人は、ずっとこういうことを考えてきた人だ」
「この人の言葉は、信頼できる」
そう思ってもらえるようになるには、時間がかかります。一発のバズでは作れない。短期の数字だけでも作れない。
点を打ち続けて、線にして、面にしていくことで、少しずつ信用が生まれる。その信用が仕事になり、商品になり、コミュニティになり、人生の選択肢になっていきます。
いま結果が出ていなくても意味がないわけじゃない
だから、いま結果が出ていなくても、意味がないわけじゃないんです。
今日書いた記事の反応が薄くても。今月の数字が伸びなくても。「これ、意味があるのかな」と感じても。
積み上げてきたものは、なくなりません。
なくなったように見えるだけ。タイムラインから消えても、数字が小さくても、書いて、考えて、続けてきたことは、積み上がっています。
まとめ|今日の言葉は、未来の自分にも届く
発信は、今日にかぎった話ではないです。
未来の自分にも、未来の読者にも、未来の仕事にもつながっていきます。
メルマガを1年4ヶ月続けてきた時間
積み上がった読者との関係
会社員時代に消耗して休職した経験
働き方を変えて発信を続けてきた過程
こういった点が、少しずつ線になってきました。点を打ち続ければ、いつか線になる。線は面になる。面は、信用になる。
今日は反応が薄くてもいい。流れていくように見えても、積み上げてきたものは、なくなりません。
前にも書きましたが、結局は「行動量×方向性×継続」です。
点を打っていきましょう!
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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